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また、好きではない歌を口ずさんでしまった。
私は脳科学なんて勉強したこともなくって、だからこれから言うことも超適当というか完全に私の妄想なんだけど、脳みそは内側にいけばいくほど、理性的なフィルターがなくなっていって、感情というよりももっと原始的ななにかを生み出している気がする。
だから、「好き」とか「嫌い」ってなんだかとっても脳みその外側、外殻付近にあるんだ。
好きも嫌いも、感情なんだけど、なんだか感情になりきれてないよな、と思う。というか、すべての感情が言葉になった瞬間うすっぺたくなるし、そもそも「感情」という名前をつけた時点で、私の感じたなにかは永遠に失われている。
だから、本当の本当に私がただ感じることっていうのは、脳みその中心部にしかなくって、その根源的というか本能的なものに、私は支配されている。
好きとか嫌いは、その後にくるんだ。
好きじゃない歌手の好きでもない歌を、私はきっとどこかで聞いて、そして歌詞も知らずに口ずさむ。
歌いながら、なんかこのメロディ気持ち悪いなって思う。
つまりそういうこと。
私の好き嫌いなんて関係ないとこで、それは私を支配する。
だから、恋愛なんてものもけっこう信用してないのかもね。
私が誰を好きになっても、嫌いになっても、そういうのをはるかに超越した、脳みその内側の内側、中心部で、私のすべては決まっている。
こわい夜、ふるえる冬、脳みその内側の内側を感じてからは、なんでか平気なんだ。
ただ、目を閉じて、溺れるの。
それを、魂って呼ぶと宗教になって、運命って呼ぶとロマンチストだ。
「こうしていれば大丈夫」って、そう言い聞かせて安心するの、ジンクスとか言えば聞こえがいいけどすべて宗教だよね。
わたし、決して宗教を否定しないよ。
でも、それがわたしの中にあればいいと思う。脳みその、内側の、内側。
あなたを信じていれば大丈夫だって。ほんの少し私を超越している私を信仰したい。
中学生のとき好きだった歌は、もうサビしか覚えていない。
あのとき私が口ずさんだメロディは、もうどの空気も震わせていないのだけど、でもあのとき空気が揺れたという事実にしかきっと意味はない。いいんだ、別に今はもうなくて。どこにも証拠が残らないそのメロディが、私は一番好きだった。
外側の話。
大丈夫、内側の内側で君は支えられているから、だから外側で自由に溺れればいいんだ。
そのために、君は生まれてきたんだよ。
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「地球が丸いのは、誰も端っこで泣かなくすむように」って、私この言葉ずっと好きだったんだけど、地球が丸いってことはどこまで行っても終着点がないってことで、だから人間はどんなに息切れしても走るのがやめられない。
終わりなんてないよ。大学いっても、就職しても、結婚しても出産して子供育てても離婚しても1人になっても2人でいても人殺しても死んでも私たちゴールできない。
そんなことでは終われない。
私がずーっと10代なら、終わらないことを愛せたかもしれないけれど、でも自由は孤独だから私はそれが嫌い、とても嫌い。
私のこと愛してるって言ってくれる人はいます。
私も誰かに愛してるって言います。
愛は確かに私の中にあって、でもだからなんなんだろう、愛で世界が救われるなんて、それなんてマザーテレサ?
今日君は誰かに愛を囁いたかもしれなくって、君がいればなにもいらないとか言ったかもしれなくって、もしかしたら君は西野カナなのかもしれないけど、つまり君はそのとき私に「死んでもいいよ」って言ったんだ。
生きてるだけで、知らないところで、次々「いらない」って言われちゃうんだよ。ぜんぶ愛のせいだ。
私は意識してないのに、そんなことしたくないのに、私が息を吸って吐くたびに大切な酸素が消費されて、二酸化炭素が排出されてしまう。
そんな事実と向き合っていくのが、実はいちばん居心地悪い。新宿駅の人混みの中、左足のスニーカーの靴紐がほどけるのと同じ。苦しい。
私は美しいものが好きです。
でもそれは大理石じゃないんです。
透けてなくてよくて、白くなくてよくて、むしろそうじゃないほうがいい、そういう美しいものが好きです。愛してます。
文学は学問なのか、芸術なのか、そんなことはどうでもよくって、ただ誰かの書いた文章っていうのは血が通っていて肉が付いている。そんな事実を声高に叫びたいし、そうやって叫ぶやつを全員殺したい。
言葉が芸術なら、誰かが言わなければならなかった。芸術は美しくなくてもいいって言わなければならなかった。それを道徳の教科書に記さなければならなかった。
誰が、モナリザを芸術にしたの。
この際だからはっきり言うと、君は少しも美しくない。
スーツセレクトで買ったお気に入りのスーツを着ても、いつもより5分長くかけてヘアアレンジしても、ちっとも美しくないし、私は君が好きじゃない。
だけど、そんな美しくない君が今日も地を這うように生きてる。つまらない仕事に時間を費やし、役に立たない知識を頭に詰め込んでいる。
そんな事実が、私は好きです。
とても好き。